本能的な営みの知らせ

古来から人々は、「出産の時」というものを、本能的に理解していたと言われています。現在は、様々な医療の進歩も手助けし、ある程度の出産の日取りと言うものが、確定され始めましたが、昔は、月の満ち欠けや、潮の満ち引きによって、物事が可動するタイミングを人々は見極めていたと考えられています。女性の月のものや出産も、自然界の営みの1つとして、その流れの中で巡っているものなのです。日本人の文化として、結婚式、出産、お葬式の家族の行事を、自宅で行ってきましたが、近年は、特別な会館やセレモニー会場を、高額な金額で貸し切って、それぞれの式を行ったり、お産も、高度な最新医療を受ける事ができる、大規模な産婦人科で、セレブリティな出産をするなど、その様式が大きく変わってきました。もちろん高齢出産ともなると、いかなる緊急事態に備えて、そのような医療機関で出産する方が、妊婦さんのメンタル的な安心にも繋がってくるとは考えられますが、古来の人々の感覚の中では、出産は病院などでの特別な処置は必要なく、日常生活の中での営みの1つとして捉えられていたようです。出産は、病気ではありません。自然な現象なのです。野生動物たちをみていると、その生命の誕生は、孤独で力強い生命の姿として映る事があります。そのような生きる力強さは、私たちの中にも、生まれてくる赤ちゃんにも宿されているのです。不妊治療などに、悩みをもつ人々の日常生活には、もしかしたら、そのような生きる知恵が忘れ去られているのかもしれません。妊活には、何よりも大切な事は、食生活の見直しだとも言われるほど、「食」の大切さは語られています。皆さんが、日常的に取り入れている現代的な食事風景の中に、人間の本能的な大切な何かを忘れ去っていないかどうかなど、考え直してみる事も良いかもしれません。

新しい生命と現代ゴミの行方

妊婦さんや、不妊治療を行うカップルが、今後芽生える我が子の為にと、健康的な生活を心掛ける中で、今一度、考え直してみて頂きたい事の中に、人工的な環境破壊が、人々の暮らしに与える影響などがあります。最近、メディアなどで大きく報道されている、ニュースの中で、「マイクロプラスチック」というワードなどは聞き覚えありますでしょうか?マイクロプラスチックとは、皆さんが、生活の中で使用しているプラスチック製品が、廃棄される際に、きちんとした処分が行われなかった為に、自然界に流出してしまい、目に見えるような形のあったプラスチック製品が、自然界の中で粉砕され、風化し、5mm以下の破片になって、海洋を漂っているようなものを言います。目視できるものもあれば、目にはハッキリと見えないようなプラスチックの破片があるようなのですが、これらの海に浮遊するマイクロプラスチックを、海洋の生物たちが誤って体内に取り入れてしまう事で、それらの海産物を食する私達人間の体内にも、必然的に取り入れられてしまうというような報告がされているようなのです。実際には、そのようなマイクロプラスチックが、体内に蓄積される弊害の詳細は明らかにはされていないようなのですが、長年に渡り、体内に蓄積されたプラスチックなどの不純物が、今後の未来の生命たちに、何らかの被害をもたらすのではないかと、多くの心配の声があがっています。実際に、マイクロプラスチックが、自然界に戻るには、1000年以上の月日を必要とするというような研究データも発表されており、5mm程度の小さな人間の生活ゴミですが、今後の大きな問題として取りあげられていきそうです。未来の生命を考える上で、現代人のゴミ問題について、今一度、考えてみましょう。

妊活は夫婦で

不妊は夫婦にとって大きな悩みであることが多く、その解決のために多くの関係者が努力を重ねてきました。

しかし不妊については専門家だけでなく、妊活を続ける本人たちも適切なアプローチが必要になります。

5組に1組が不妊症に罹ると言われていますが、彼らの多くは不妊治療等で専門家のアドバイスを仰いでいます。

もちろんそのアドバイス通りに対処することも大切なのですが、そもそも不妊状態を本人たちがどのように受け止めるべきかというレベルに立ち返る必要があります。不妊の原因は決して女性のみにあるわけではありません。男性側が原因であることも多いのです。

WHOによれば、不妊の24%は、その原因が男性にあるということです。また男女共に原因を抱えていることもありますから、安易に自分を責めたり、パートナーを責めたりしないように心掛けましょう。不妊症に罹ると、そのストレスからどうしても相手を責めたくなってしまいます。

小競り合いが積み重なるとすれ違いが生じるようになり、コミュニケーションが儘ならなくなります。

それを避けるためには、医療機関のみならず、他の外部機関も利用されると良いでしょう。

例えば不妊症に悩む人たちをサポートするNGOも存在します。彼らは多くの事例、経験を活かして適切なアドバイスを与えてくれます。

例を挙げましょう。ある不妊症支援団体はこう語ります、「身近な存在だからこそ話せないのだ」と。この知見は非常に心に刺さります。確かに我々は、不妊症のカップルが悩んでいると、その悩みを夫婦で分かち合っていることを前提に対応してしまいます。しかし実際はそうではないのかもしれません。夫婦と言えども、話したいことが話せない状態のまま苦しんで居るのです。一方が相手の本音を聞き出したくて話しかけてみても、相手は心を閉ざしたまま何も話さない可能性があります。仮に「大丈夫だ」と返答されても、それが事実かどうかを判断する術もありません。

夫婦とはそれくらい難しいものなのです。

不妊症の夫婦

不妊症に苦しんでいる夫婦は、まず意識的にコミュニケーションを図る必要があります。

そうしなければ、夫婦間の信頼が薄れ、不妊の悪循環が生まれてしまいます。確かにお互いに気を遣っている状況では、中々話しかけられないものです。

しかしそれでも無理に対話しなければなりません。何故なら、妊活はコミュニケーションから始まるものだからです。

妊活の根本である「子どもが欲しい」という気持ちを共有するためには、コミュニケーションを通して確認するしかありません。

一般に男性はそれほど子を持つ願望を表に出しません。妻が夫の本音を聞き出せない状態で妊活を始めても、不安が解消されないのはこのためです。

まずは積極的に本音を語り合う関係を維持することが大切です。そして周囲の声も含めて、冷静に状況認識する必要があります。周りが子どものことに言及すると焦るものですが、夫婦の間でどのように他人に返答すべきか共有していれば、一々気をもむこともありません。

さて、子ども以外の話題については盛んに話し合える夫婦であっても、いざ子どものこととなると口を閉ざすカップルも少なくありません。

それは何故でしょうか。

例えば共働きの夫婦の場合、フルタイムで働くと、子どものことについて時間を割いて話し合うことはあまりありません。それは、自分が働いている環境下で、本当に子どもを欲しているのか分からなくなるからです。迷い続けて10年も経てば、出産適齢期を過ぎることもあります。そうなるとますますパートナーには相談できない状態に陥ります。そのまま迷い続けて生涯を終えれば問題ありませんが、途中で急に欲しくなることも珍しくありません。

その時、「普段から子どものことについて話し合っておけばよかった」と後悔するパターンは決して珍しくないのです。

よく見られるのは、パートナーが急に大病に罹患し、医師から子どもを諦めるように言われ、初めて自分の本音に気付くというパターンです。

不妊治療に纏わる誤解

不妊治療を巡っては、様々な誤解が見受けられます。

不妊に悩んでいる当人や関係者だけでなく、社会全体で誤解を無くすようにきちんと学ぶ必要があります。

誤解の極端な例としては、「不妊治療で卵巣が若返る」といった酷いものが挙げられます。

先進医療であろうと、加齢を止めたり戻したりすることは不可能です。卵巣は必ず老化しますから、閉経していなくても、30歳を越えると確実に妊娠可能性が低下します。また高齢になると、妊娠しても流産する恐れがあります。まずはその現実をきちんと認識することが大切です。

出産を計画している方は不妊検査を受けることもあるでしょうが、この不妊検査についても実しやかな噂が聞かれます。

例えば、不妊検査で問題が発見されなければ間違いなく妊娠に至ると考えている人もいますが、それも誤解です。

医学的に健康だと診断される人でも、自然妊娠する可能性は3割に過ぎません。また、ピルの服用に関する誤解も見られます。よく目にするのが、ピルを服用すると、癌に罹ったり不妊症になったりするというものです。しかしこの認識は全くの誤りです。確かにピルが完全に安全なものだとは言えません。

元々ピルが日本に導入された頃、ピルの安全性は疑問視されていました。しかし導入に伴う安全検査も厳格化され、今では出回っているピルに発癌性があると考える人は少ないようです。最終的には自己責任ではありますが、必要以上に怖がる必要は無いように思います。

では不妊症との関係性についてはどうでしょうか。欧米ではピルは非常に身近な薬として認識されており、服用率も高い水準で推移しています。

従って、不妊症についても怖がる必要はありません。それどころか、不妊症の改善のためにピルを服用することさえあります。

ピルを呑むと生理不順の改善が期待できるのです。ピルは基本的には安全な薬だと認識して頂いて構いません。但し医師の診断と処方は必要です。

それでも簡単な問診と血圧検査くらいですから、躊躇わずに病院の門を叩いてみましょう。

ピルを求める方の年齢層も幅広いのが実情ですから、恥ずかしがることはありません。