本能的な営みの知らせ

古来から人々は、「出産の時」というものを、本能的に理解していたと言われています。現在は、様々な医療の進歩も手助けし、ある程度の出産の日取りと言うものが、確定され始めましたが、昔は、月の満ち欠けや、潮の満ち引きによって、物事が可動するタイミングを人々は見極めていたと考えられています。女性の月のものや出産も、自然界の営みの1つとして、その流れの中で巡っているものなのです。日本人の文化として、結婚式、出産、お葬式の家族の行事を、自宅で行ってきましたが、近年は、特別な会館やセレモニー会場を、高額な金額で貸し切って、それぞれの式を行ったり、お産も、高度な最新医療を受ける事ができる、大規模な産婦人科で、セレブリティな出産をするなど、その様式が大きく変わってきました。もちろん高齢出産ともなると、いかなる緊急事態に備えて、そのような医療機関で出産する方が、妊婦さんのメンタル的な安心にも繋がってくるとは考えられますが、古来の人々の感覚の中では、出産は病院などでの特別な処置は必要なく、日常生活の中での営みの1つとして捉えられていたようです。出産は、病気ではありません。自然な現象なのです。野生動物たちをみていると、その生命の誕生は、孤独で力強い生命の姿として映る事があります。そのような生きる力強さは、私たちの中にも、生まれてくる赤ちゃんにも宿されているのです。不妊治療などに、悩みをもつ人々の日常生活には、もしかしたら、そのような生きる知恵が忘れ去られているのかもしれません。妊活には、何よりも大切な事は、食生活の見直しだとも言われるほど、「食」の大切さは語られています。皆さんが、日常的に取り入れている現代的な食事風景の中に、人間の本能的な大切な何かを忘れ去っていないかどうかなど、考え直してみる事も良いかもしれません。